ホラー映画の金字塔である「羊たちの沈黙」。
FBI訓練生である「クラリス・スターリング」と元精神科医で殺害した人間を食べる猟奇殺人犯の「ハンニバル・レクター」が協力し、連続猟奇殺人事件の謎を解き明かします。
「協力するなら、お互いに交換し合おう。私が君に教えたら、君も私に教えるんだ。この件についてではなく、君自身についてだ。交換だ。するか?しないか?」
クラリスはハンニバル・レクターから犯人の情報を得る代わりに、自身の過去のトラウマをレクターに話すことになります。
ここに描かれるクラリスのトラウマは、映画のテーマを象徴し、タイトルの意味と深く結びついています。
この記事では、映画「羊たちの沈黙」のストーリーやキャラクターの魅力を考察し、わかりやすく解説します。
また、クラリスとレクターの関係についての独自の感想も紹介しています!
映画内で見逃してしまった伏線や隠れた意味を理解して、「羊たちの沈黙」の新しい魅力を発見しましょう。
解説や感想は、ネタバレを含みますので、ご注意ください。
映画「羊たちの沈黙」とは?
映画「羊たちの沈黙」は、ジョナサン・デミが監督し、トマス・ハリスの同名小説を映画化した作品です。
第64回アカデミー賞で、主要5部門(ビッグ・ファイブ)を受賞しました。
これは、ホラー映画では初の快挙であり、映画史上における数少ない偉業です。
アンソニー・ホプキンス演じるレクター博士の印象的な演技により、「ハンニバル・レクター」の名が世界中に知られるようになります。
また、2011年にはアメリカ国立フィルム登録簿にも登録されました。
アメリカ国立フィルム登録簿とは、半永久的な保存を推奨している映画で、後世に残す価値があると認められた映画が登録されています。
映画「羊たちの沈黙」のあらすじ
アメリカ各地で「バッファロー・ビル」と呼ばれる犯人による猟奇的な殺人事件が発生。
「若い女性を殺害し、皮を剥ぎ取り、遺体を川に捨てる」という事件が続いており、捜査は難航していました。
FBIのクロフォード主任捜査官は、FBI訓練生のクラリス・スターリングに特別な任務を託します。
その任務は、過去に9人の患者を殺し食べた猟奇殺人犯で、元精神科医ハンニバル・レクターに事件の協力を依頼することでした。
クラリスはその任務を受け、ボルティモア州立精神病院で収監されているレクターに会うことを決意します。
クロフォードは、レクターに捜査協力を拒否されたので、美しく聡明なクラリスであれば、レクターも心を許すと考えて、クラリスに任務を託しました。
映画「羊たちの沈黙」の登場人物
主な登場人物を紹介します。
クラリス・スターリング
FBI訓練生の中でも、賢明で勇敢、正義感に溢れる美しい女性。
元精神科医で連続殺人犯であるハンニバル・レクターの興味を引きます。
幼少期に、母を病気で亡くし、警察官である父と暮らしていました。
ところが、父が強盗に射殺され殉職し、孤児となります。
牧場を営んでいる叔父夫婦に引き取られますが、そこで子羊たちの悲鳴が聞こえ、子羊を屠殺する場面を目撃します。
ある夜、クラリスは子羊を守ろうとしましたが、子羊を救うことはできませんでした。
クラリスは、この経験がトラウマとなり、心に深い傷を残しました。
この出来事が映画のタイトルに繋がっており、クラリスがトラウマを克服=「羊たちを沈黙させる」となります。
ハンニバル・レクター
猟奇殺人犯ですが、精神科医としての一面も持ち合わせる。
イタリアの名門貴族の末裔であり、紳士的で上品な雰囲気も漂っています。
被害者を食べるという異常な行為で知られており、「人食いハンニバル」という異名がつけられています。
少年時代に、家族で第二次世界大戦中の戦火から別荘に避難しますが、戦闘で両親を失います。
さらに、遭遇したリトアニア対独協力者達に妹を殺害され、食料にされてしまいます。
この体験が彼の異常性に充ちた人格を作り上げていきました。
ハンニバル・レクターのモデルは、実在した殺人鬼のアルフレド・バリ・トレビーニョです。原作者のトマス・ハリスが明かしています。
ジャック・クロフォード
FBI行動科学課の主任捜査官で、クラリスの大学在学時の恩師。
クラリスも将来は、行動科学課での勤務を熱望しています。
彼が担当するバッファロー・ビル事件の捜査が難航し、元精神科医のレクターに捜査協力を依頼しますが、拒否されます。
クラリスであれば、レクターの警戒心を和らげるかもしれないと考え、クラリスに特別な任務を課します。
バッファロー・ビル
「バッファロー・ビル」は、アメリカ西部開拓時代に実在したガンマンで、バッファローを狩る猟師として知られています。
仕留めたバッファローの皮を剥ぐことから、「殺害した女性の皮を剥ぐ」という正体不明の犯人の呼称になりました。
本名は「ジェイム・ガム」。女性になりたいという変身願望を抱いています。
強い変身願望は、変化を象徴する「蛾」を飼育していることにも現れています。
女性の皮で服を作るために、太った女性をターゲットにしていました。
太った女性を狙うのは、太って伸びた皮が服作りの良い材料なるからでした。
さらに、皮の手入れとして、被害者の女性たちの肌にローションを塗らせています。
バッファロー・ビルのモデルは猟奇殺人者として有名なエド・ゲイン及びテッド・バンディであると言われています。
映画「羊たちの沈黙」のキャストの魅力
映画「羊たちの沈黙」は、ストーリーだけでなく、アンソニー・ホプキンス演じるハンニバル・レクターとジョディ・フォスター演じるクラリス・スターリングの演技も魅力です。
アンソニー・ホプキンスの圧倒的存在感
アンソニー・ホプキンス演じるハンニバル・レクターは、知的で紳士的な殺人犯という新しいシリアルキラーのキャラクターでした。
ホプキンスは、ハンニバルが怖く見えるように、「まばたき」をしないことを意識したそうです。
これは、ホプキンスが遭遇した不審者が、まばたきをしていなかったことから、インスピレーションを得ました。
この演技がハンニバルの鋭い眼光となり、圧倒的な存在感を生み出しています。
ホプキンスの名演技に、ジョディ・フォスターやスタッフたちも恐怖心を感じたそうです。
ジョディ・フォスターの内面の葛藤を捉えた演技力
ジョディ・フォスターは、クラリス・スターリングのトラウマを抱えながらも、人を救いたいという内面の葛藤を演技で、見事に表現しました。
特に、クラリスが、バッファロー・ビルの被害者を救うために、自分のトラウマについて、涙を溜めながら、ハンニバルに告白するシーンは、胸を打たれます。
このように、正義感が強いクラリスが、ハンニバルの協力を得て、たった一人でバッファロー・ビル事件を解決し、FBI捜査官になる姿がさらに深い感動を与えました。
「自分が苦しんでも、被害者を助けたい」という強い正義感が溢れた演技に感動します。
映画「羊たちの沈黙」を深掘り解説
タイトルや登場する蛾の意味は、映画のテーマを理解するための重要なポイントです。
以下で解説する内容を把握することで、映画のテーマを理解できるようになり、映画「羊たちの沈黙」をより深く味わうことができると思います。
また、サブキャラクターの「ミグズ」や「チルトン医師」についても解説しています。
サブキャラクターのその後を知ると、ハンニバル・レクターがより恐ろしさが伝わってくるでしょう。
タイトルの「羊」と「沈黙」の意味
クラリスは孤児になり、牧場を営んでいる叔父夫婦に引き取られます。
そこで、屠殺される子羊たちの悲鳴を聞きます。
「朝方、子羊の悲鳴で目が覚めたの。牧場に行くと叔父が子羊を殺していて…逃がさなきゃと思って柵を開けたのに、子羊たちは逃げないの。咄嗟に近くの一匹を抱えて逃げたわ…でも重くて…」
このように、「子羊を救いたいけれど、救えなかった」というのが、彼女のトラウマとなっていました。
そして、FBI訓練生のクラリスが救いたい対象は、バッファロー・ビルの被害者たちです。
クラリスは、過去に救えなかった子羊と事件の被害者たちを重ね合わせます。
つまり、バッファロー・ビル事件を解決して、被害者たちを救うことは、クラリスがトラウマを克服することを意味します。
タイトルの意味を整理すると、以下のようになります。
- 「羊」→子羊とバッファロー・ビルの被害者。
- 「沈黙」→子羊たちの悲鳴が鳴りやむこと、事件の被害者の命が救われること。
クラリスのトラウマと事件の共通点に気付いたハンニバルは、事件の解決後に、「仔羊たちの悲鳴はまだ聞こえるのか?」と問いかけたのです。
クラリスは被害者を救うことで、羊たちを救えなかった心の傷が癒えたのではないでしょうか。
バッファロー・ビルの切望と被害者を象徴する蛾
バッファロー・ビルの被害者たちの喉には、珍しい蛾の繭が詰め込まれていました。
「メンガタスズメ」というドクロの模様がある蛾です。
物語の中で、クラリスがこの意味についてレクター博士に尋ねると、彼はこの象徴は「変化」を表していると説明します。
バッファロー・ビルは強い変身願望を抱いており、蛾が切望の象徴でした。
しかし、映画のポスターに描かれた蛾のドクロ模様は、実際の蛾の模様ではありません。
サルバドール・ダリの作品であり、蛾の背中に人体のトリックアートが組み合わされたコラージュです。
この作品では、人体の部分を組み合わせてドクロの形に見せることで、連続殺人事件の被害者を表現しています。
口元へ配置することで沈黙を表している点も、おしゃれです!
クラリスを侮辱したミグズの末路
ミグズはレクターの隣の独房に拘束されていました。
初めてクラリスがレクターを訪ねると、ミグズは不適切な行動に出てしまい、レクターの元に訪れたクラリスに精液を投げつけます。
その後、ミグズの失礼な行為に対して謝罪したレクターは、クラリスに事件の手がかりを提供します。
ミグズは、レクターからの厳しい非難を受け続けた結果、自殺してしまいます。
レクターは、無礼な行動を特に嫌っている印象があります。自分の美学に反したことが起きてしまって、とても悔しかったのだと思います。
チルトン医師はレクターの夕食になる
チルトン医師は、収容所でレクターに無礼を働き、自身の出世のために利用しようとしました。
レクターの脱走の知らせを聞くと、報復を恐れて、南米へ逃亡しました。
しかし、南米でレクターは先回りし、人混みの中に消えていくチルトンを、レクターは追跡しています。
事件を解決したクラリスへの祝福の電話の際、彼は言葉を残しました。
「これから古い友人を夕食に…」
レクターは被害者を殺害した後に食べます。
このセリフは、「チルトン医師を殺害して、夕食として食べる」という意味です。
続編の『ハンニバル』では、チルトンが南米で行方不明になっているので、レクターに殺害されたと推測されます。
映画「羊たちの沈黙」感想
映画「羊たちの沈黙」は父と娘の物語であると考えています。
クラリスは、「子羊たちを救えなかった無力感」というトラウマだけでなく、「父親への愛着や依存心」を抱えていたのではないでしょうか。
クラリスが極度のファザーコンプレックスを抱えている女性であるという視点で映画を見ると、さらにおもしろいと思います。
クラリスがファザーコンプレックスである理由とクラリスとハンニバルの関係についての独自の感想をご紹介します。
クラリスはファザーコンプレックス
父親の愛情とは、子供の目標になり、社会を生き抜くための知性や理性を身につけさせて、子供に自立を促すものです。
ファザーコンプレックスとは、父親からの愛情不足により、父親に強い愛着・執着を持つ状態を指します。
クラリスは、受けることができなかった父からの愛情を穴埋めするために、父と同じ警察官になったのだと思います。
「父を目標にして警察官になれば、愛情の不足が満たされる」という心理が働いていたのかもしれません。
また、ファザーコンプレックスの女性は、周りの男性に父親の愛を求めるという特徴があります。
「男性に守ってほしい」という強い願望を無意識に持っています。
この願望は、女性は誰でも持つ願望ですが、ファザーコンプレックスの女性は特に強いと言えます。
クラリスが、ファザーコンプレックスであると、象徴するシーンがあります。
ミグズに侮辱され、刑務所を後にしたクラリスは、幼少期に父が家に帰ってくる光景を思い出して泣くシーンです。
苦しんでいる時に父を思い出している事から、クラリスは父に助けてほしいという強い気持ちを持っていることが表現されていると思います。
このシーンは、非常に印象的です。クラリスが父を深く愛していたことがわかります。
それと同時に、愛してやまない父を亡くし、愛情に飢えている「心の闇」も浮き彫りになります。
クラリスは、守ってほしい願望があり、男性は頼りがいがある存在として尊敬しています。
クラリスが男性たちから好意を抱かれるのは、容姿が美しいという理由だけではなく、男性の自尊心を満たしてくれる女性であるからでしょう。
クラリスの生い立ち、映画のシーンやキャラクターから、クラリスがファザーコンプレックスであると考えられます。
ハンニバル・レクターとクラリスの関係は「父と娘」
レクターとクラリスの関係は、「父と娘」です。
クラリスはファザーコンプレックスであり、父を求める娘という側面をもつ女性です。
一方で、レクターは、バッファロー事件の捜査を通して、クラリスの成長や自立を促す役割を果たしています。
父親は子どもにリスクを与え、成長や自己肯定感を促すことが特徴なので、レクターは父親の役割を担っていると言えます。
クラリスが捜査で困難に直面したときに、犯人の情報を簡単に教えないのは、意地悪ではありません。
クラリスの洞察力を鍛え、FBI捜査官として成長させるためだと考えられると思います。
この行為は、レクターの厳格な教育方法だと思います。意地悪であれば、ヒントも与えないでしょう。
また、レクターは、妹を溺愛していた過去もあるので、父性が強い男性であると推察できます。
クラリスは、「父親のように愛情をもって叱ってくれる人」を求めていたので、レクターの教えに素直に従います。
さらに、クラリスはトラウマを語って、弱みを見せることで、レクターの父性を刺激したのではないでしょうか。
クラリスがトラウマを語ったあとに、レクターは、愛しそうにクラリスの絵を書いています。
この出来事が、「猟奇殺人犯とFBI捜査官」という関係から、「父と娘」という関係の変化を決定づけたと思います。
映画「羊たちの沈黙」は、レクターが父になり、FBl捜査官としてのクラリスを育てた物語ではないでしょうか。
ハンニバル・シリーズの紹介
ハンニバルやクラリスの物語はいくつか制作されており、「ハンニバル・シリーズ」と言われています。
作品は、映画とドラマがあり、公開順と時系列がバラバラなので、どの作品から見れば良いのか迷う方もいらっしゃると思います。
公開順と時系列ごとに整理して、簡単なあらすじまでを掲載しました。
ぜひ、視聴する順番を決める際の参考にしてください。
まず、映画作品とドラマ作品は以下の通りです。
- 1991年:羊たちの沈黙
- 2001年:ハンニバル
- 2002年:レッドドラゴン
- 2007年:ハンニバルライジング
- 2013年:ハンニバル(ドラマ)
- 2021年:クラリス(ドラマ)
それぞれ、本記事で紹介している映画「羊たちの沈黙」以外の作品の簡単なあらすじを紹介します。
映画「ハンニバル」
「バッファロー・ビル事件」から10年後、FBI特別捜査官としての地位を築いたクラリスは、ある事件のトラブルに巻き込まれていました。
同時期に、レクターの被害者であるメイスンは復讐のため、レクターを追っています。
クラリスとレクターの再会とその後の運命を描いた話です。
映画「レッドドラゴン」
レクターを逮捕し、FBI捜査官を辞めたウィル・グレアムが、元上司のジャック・クロフォードの依頼を受けて、連続一家殺人事件の捜査を開始します。
ウィルが収監中のレクターに助言を得て、連続一家殺人事件を解決するまでの話です。
映画「ハンニバルライジング」
リトアニアの名門貴族の出身であるレクターは、第二次世界大戦に巻き込まれ、ドイツ軍の協力者たちに妹を殺害されます。
医学生として成長したレクターが、妹の復讐を果たすまでを描いた作品です。
ドラマ「ハンニバル」
原作「レッド・ドラゴン」を元に制作したオリジナルストーリーです。
ウィル・グレアム捜査官を主役にストーリーが展開されています。
シーズン3まで制作されました。
ドラマ「クラリス」
映画「羊たちの沈黙」の続編であり、FBI捜査官クラリス・スターリングの後日談を描いた作品です。
「バッファロー・ビル事件」から一年後、クラリスが新しいFBIエージェントチームで様々な凶悪事件を担当します。
事件を解決していく中で、彼女が自身のトラウマとどのように向き合っていく姿も描かれています。
公開順と時系列順
各作品を公開順と時系列順に整理すると以下のようになります。
公開順
- 1991年:羊たちの沈黙
- 2001年:ハンニバル
- 2002年:レッドドラゴン
- 2007年:ハンニバルライジング
- 2013年:ハンニバル(ドラマ)
- 2021年:クラリス(ドラマ)
時系列順
- 2007年:ハンニバルライジング
- 2002年:レッドドラゴン
- 1991年:羊たちの沈黙
- 2021年:クラリス(ドラマ)
- 2001年:ハンニバル
- 2013年:ハンニバル(ドラマ)
どの順番から見ても楽しめると思いますが、ストーリーの展開を追いたい方は、時系列順に見るのがおすすめです。
映画「羊たちの沈黙」の公開から30年以上が経過したにもかかわらず、関連作品が多いことに驚きます。
まとめ
映画「羊たちの沈黙」のストーリーを解説しました。
今回の解説のポイントは以下の2つです。
- タイトルの「羊」と「沈黙」の意味
- レクターとクラリスの関係
これらのポイントを踏まえて鑑賞することで、映画「羊たちの沈黙」のテーマを、より深く理解できると思います。
様々なシーンやセリフに伏線が散りばめられており、それぞれの登場人物の視点からストーリーの展開を追うことで、新しい解釈が生まれる名作です。
本記事をきっかけに、映画「羊たちの沈黙」の魅力を再発見していただけると幸いです。
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